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今夜、どこで寝る

旅と踊りと酒

自分のことを誰も知らない場所へ行きたい

言ってしまえば現実になる気がするので書きますが、今年の夏、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を800km、徒歩で走破します。
そのあと、「地の果て」と呼ばれる場所までさらに90km歩いて行って、着てる服を燃やす。

 

スペイン巡礼のことを知ったのは、数年前にバルセロナに旅行に行った時だった。
日本人宿に泊まり、毎日お茶を飲んだりその辺を散歩したりしてダラダラ過ごしていた。
ある日、みんなで夕食を作って食べる会に誘われ、料理を作って宿の居間へ集まった。7〜8人くらいはいただろうか。乾杯をしたあと、順番に自己紹介と、なぜバルセロナに来たのかを話すことになった。
わざわざバルセロナまで来て日本人宿に泊まるくらいなので、変わった人が多かったように思う。
休学して世界一周している大学生、弾き語りをしながら旅をしている人、スペイン料理の修業をしに来たシェフ……。20代から30代が多い中、一人だけ、50はとうに超えていると見えるおじさんが、自己紹介を始めた。


「20年連れ添った妻を亡くしました」と彼が言った瞬間、それまであった「旅人同士の妙なテンション」は消え、部屋は静まり返った。そしてそれぞれが真摯な気持ちで彼に向き直った。とても大事な話が始まることを誰もが確信していた。


おじさんの名前は佐橋さんという。
佐橋さんの奥さんは、ある夏の日の朝、突然倒れて、三日間意識不明になり、そのまま亡くなったそうだ。何の予兆もなかった。
やりきれない気持ちで数年を過ごし、眠れない日々を重ねる中で、佐橋さんは奥さんのある言葉を思い出した。それは、いつかスペインの巡礼路を一緒に歩きましょう、と言っていたこと。奥さんはキリスト教徒だったそうだ。
そして佐橋さんは仕事を辞め、一人スペインへ旅立った。
フランスのサン・ジャン・ピエ・ド・ポーから始まる「フランス人の道」を800km歩き、キリスト教徒の聖地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」へ。
英語もスペイン語もままならず、ピレネー山脈を超える厳しい道のりを、佐橋さんは歩き切った。ただ奥さんの言葉を胸に。
そして、日本へ帰る前に、ここバルセロナへ立ち寄った。

佐橋さんが話し終わる頃には涙を流している人もいた。愛する人を突然失い、その人の遺志を継いで800kmもの距離を歩いた人を前にすると、誰一人として言葉が出てこない。しかし気まずい雰囲気ではなく、皆が佐橋さんの気持ちに心から共感していた。

旅から帰って何年経っても、ずっと佐橋さんのスペイン巡礼の話が心に残っていた。しかし、自分で歩こうとは夢にも思っていなかった。
実は今年の3月に約1か月バルセロナに滞在するのだけれど、その下調べと思ってスペインのことを検索していた時、スペイン巡礼をした人のブログを見つけてしまったのだ。そう、見つけてしまった。そして、面白そうだなと思ってしまった。
そのあと、スペイン巡礼に関する本やブログを片っ端から読みあさり、スペイン巡礼を題材にしている映画も見た。

 

カミーノ! 女ひとりスペイン巡礼、900キロ徒歩の旅 (幻冬舎文庫)

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私の心はもう巡礼路を歩き始めている。
寝ても覚めてもスペイン巡礼のことばかり考えている。恋かもしれない。マメを作らないために足の裏に塗る用のヴァセリンをどれだけ持っていくか、どんな靴を履こうか、リュックは今持っている登山用のでいいかな、とか。3月のバルセロナの支度は何もしていないのに、夏の巡礼の準備だけは着々と進んでいる。

 

私は自分のことを、本当におもしろくない人間だと思ってる。話がつまらないし、面白いことを言えるのは仕事中だけで、それ以外の時はクソまじめなことか極端に振り切れた下ネタしか話せない。面白い話ができなくてすいません、といつも思ってる。
そんなクソまじめな自分が好きだけど、自分から自分へ下される評価と、他人から自分への評価が全く違うことも理解している。なので自分が良いと思っても、他人が良いと思わないことは百も承知だ。
時々、ではなく、ほぼ毎日、どこか遠くへ行きたいと思う。自分のことを誰も知らず、誰も私になんて興味を持たず、何もかもがこれから始まる場所へ行きたい。
私のことを何も知らない人と、少しずつ話をして、友達になってみたい。毎日20kmも30kmも歩くのがどんなに辛いか、まだ想像もつかないけれど、自分のペースでのんびり歩いてみたい。
どんなに涼しい顔をして歩いていても、誰もが心の中に、軽々しくは話せない事情を秘めているのかもしれない。佐橋さんのように。
何かを失ったり、無くしたり、新しく始めようともがく人々が向かう場所が、サンティアゴ・デ・コンポステーラなのだ。

 

2011年〜2017年、私は何度も失ったし、無くしたし、大切なものを自分からぶち壊してきた。突然失うのが怖かったから、かけがえのないものを自分からゴミ溜めに捨ててきた。
もしかしたらもっとずっと一緒に過ごせたかもしれない人を、めちゃめちゃに傷つけ、突き放し、何もなかったように振る舞った。
そうすることで自分の心を守ってきた。
もう、そういうの、やめたい。
大切な人に大切だと言える人になりたいし、何もかもを突然放り投げてしまうことをやめなければいけない。長いことかけて大事に大事に作ったお庭をある日突然踏みちらかして壊すようなことは、終わりにしたい。というか、もしかしたら私は、壊すためにその庭を作っていたのかもしれない。
そんなことは無駄だし、意味がないし、みんな辛い。

800km歩いて、何かが変わるとか、世界一周したから人生が変わるとか、そういうことではないと思う。
人の、変えたいという意思が、変える。
ただそれは日常生活の中ではなかなか強固にならない。
旅は非日常で、魔法です。人の思考を現実にし、何かを引き寄せ、いらないものといるものをより分けることができる。
旅は魔法だと思う人に、その魔法はかかると思う。
手始めに寝袋を買うところからはじめましょう。
おわり。