今夜、どこで寝る

旅と踊りと酒

赤信号の間

呼んだら来てくれる、というのはやはり嬉しいものなんだろうか。
私はどちらかというと、自分から会いに行ってしまうタイプである。



昔、ずっと年上の人のことをとても好きになった。
肌が綺麗で、足がすらりと長く、自分には到底太刀打ちできそうもない破天荒な性格の人だった。
酔っぱらうと床に寝てしまうし、ふざけて私のことをたくさんからかった。
その人の踊りやお酒の飲み方、透き通るような色の白さ、時々見せる弱さや口の悪さがとても好きだった。叶うはずのない恋だとわかっていたので、たくさん話して楽しくなった帰り道はこっそり泣いた。
きっとこの人もいつかは男の人と付き合い結婚し、しあわせになる。そしてそれは正しいことだ。誰に止められることでもない。
もし万が一私が彼女の心を射止められたとしても、私にはその「正しいしあわせ」をあげることはできない。子供も作れないし、結婚もできない。
だから酔って手を繋がれたり後ろから抱きつかれると、嬉しい反面物悲しくなって涙をこらえてばかりだった。なんでもないフリをしていた。大好きなのに、大好きとも言えずに。
ある時、偶然その人が横断歩道の向こう側に立っているのを見つけた。人が多いからこちらには気づいていないようだ。ああ、今日も綺麗だな、と赤信号の間だけ本当の自分になって見つめた。その人のことを大好きな自分。大好きと言いたいのに言えない自分。それを告げて気持ち悪いと思われたくない自分。
信号が変わり、大勢の人たちが行き交う道の真ん中で私はその人に呼び止められた。気づいていたのか。挨拶だけしてすれ違おうと思ったら、「私のことずっと見てたでしょ」と笑って言われ自分が赤面していくのを感じた。
もしかしたら何もかも見抜かれていたかもしれない。去っていく背中を目で追った。追いかけて何もかも打ち明けたい気持ちと、すべてなかったことにして消えてしまいたい気持ちがない交ぜになった。誰にも言えない恋。


叶わないなら、せめて時々顔を見て、ああやっぱり綺麗だなとか素敵だなと思って満足してしまいたい。呼んできてくれるようなタイプでもないし。それでいい。破天荒なままでいてほしい。
いつか誰かとしあわせになっても、たまに思い出して笑ってくれたら嬉しい。
そういう世の中の正しさの残骸の中に埋もれて、夢を見て生きていきたい。
おわり。