水商売をする人にとって、クリスマスは仕事をする日。
お客さんに営業をしたり、サンタのコスプレをしたり、ケーキを用意しなきゃいけない。
イブやクリスマス当日は、さみしい人が街に溢れかえっている。
飲み屋もそんな人たちでにぎわう。
その人たちの淋しさにつけこんで私たちはお酒を飲ませてもらう。
そんな日々を10年くらいは続けていて、もうクリスマスはただ業務的に過ぎていく「めちゃくちゃ忙しい日」のバリエーションに過ぎなかった。
プレゼント、はいありがとう、シャンパン、うんクリスマスだからね。
巷にあふれるクリスマスツリーもイルミネーションも、もうすぐ「忙しい日々がやってくる」ことを告げるしるしでしかない。
「クリスチャンでもないのに、そう思っていたけれど
クリスマスは優しい気持ちになるための日だね」
とマッキーは歌っていましたが、その気持ちがついに私にもわかりました。
彼女が、めちゃめちゃクリスマスを楽しみにしています。
クリスマスに焼く骨つきの鶏肉を予約したよ、と電話をかけてきて、それが何本か、どんな大きさでどういう味付けで焼こうと思っているかということを告げられた時、私はクリスマスの意味を知った。
電話の向こうで笑っている彼女の顔をありありと想像できて、私は、あなたが嬉しそうに笑うから生まれて初めてクリスマスが好きだと思った。
私と過ごせることを喜んでくれていること、わざわざ肉を予約までしてどんな風に焼こうか悩んでいること。
ただそのことだけが、私にとってクリスマスがあってよかったと思う理由。
正月も、誕生日も、付き合った記念日さえも、場合によってはどうでもよかった。
あんまり行事を一生懸命お祝いしたり、大げさに騒いだりするのが好きじゃなかった。
今まで私と付き合ってた人たちからしたら、つまんない女だっただろう。
さぞ悲しい思いをさせたに違いない。
ああ、なんで私はこんな風に変わっちゃったんだろう。不思議。
どんどん変化していくし、自分でもそれを止められない。
それが楽しいし、心地いいし、私をそうやって変化せてくれるパートナーがただ愛おしい。
素直な気持ちをいつでも思い出させてくれる、そのことが何よりのプレゼントだなあと思う。
ものなんて何もいらないから、いつまでも一緒にいてくれたらいいな。
ただのノロケでした。
おわり。