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今夜、どこで寝る

旅と踊りと酒

めっちゃ便利なクラウド会計ソフトの会社 freeeを見学した話

TGIF こんばんわ。
突然ステマみたいな記事ですいません。ステマではありません。
私は3年ほど前から自分自身で確定申告をするようになり、何もかもさっぱりわからなかったのでクラウド会計ソフトfreeeを使うようになりました。

www.freee.co.jp
会計ソフトとか使おうかと思ったんですけど、所持PCがmacで対応していないのが多くてクラウドのが便利だな?と思ったのが使い始めたきっかけです。
これが自分的に大当たりで、今ではiPad miniにfreeeのアプリを入れて、経費と収入の入力からPDF化してコンビニプリントに出力するところまで、全部iPad miniで行っています。
そのあとは郵送するだけ。超楽チン。
最初こそ確定申告という概念がチンプンカンプンだったのですが、そこはこちらの本を購入し隅から隅まで熟読することでどうにかなりました。

 

世界一ラクにできる確定申告 ?全自動会計ソフト「freee」で手間なく完結!? 平成27年版

世界一ラクにできる確定申告 ?全自動会計ソフト「freee」で手間なく完結!? 平成27年版

 

 本当にめっちゃわかりやすくて助かった。

一ユーザーとして愛用させていただいているのですが、この度ご縁があってfreeeさんの自社メディア・経営ハッカーにインタビュー記事を掲載していただけることになりました!

keiei.freee.co.jp

公開は5月予定・また告知しま〜す。

 

そんなわけでインタビューしていただいて、freeeのめっちゃオシャレなオフィスを見学させてもらいました。

 

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ウェルカムボード。

 

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何かにつけて広々とした空間。匠の技か。

 

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水までfreee。

 

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なぜか卓球台。
先進的な企業ほど体を動かすことの大切さを重視していると思う。

 

 

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まったりスペース。

 

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広いカフェテリア。
ひな壇みたいなところでも自由に作業していいらしい。

 

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司会スペース。

 

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めっちゃ感動したんですけどこのお食事スペース。
何がすごいってお弁当の中身ですよ。

 

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これは普通のお弁当。美味しそう。

 

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そしてこっちは糖質制限!!米の代わりにブロッコリー!!!
意識が高い!!すごい!!!!!

 

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所変わってオフィス内。

 

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通称ファミレス。
会議ってほどでもないけど打ち合わせしたい時に使うそう。

 

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地下のスペース。
私はここで作業したら寝ると思います。

 

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ここに住める。

 

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インタビューしていただいた中山さん、本当にありがとうございました。
freee社内は広々としていてオシャレで明るく、こんな所で働けるの超うらやましい…と思いました。会社員・いいね。
来月のインタビュー記事をぜひぜひお楽しみに!!!
おわり。

好きな作家・作品

お題「好きな作家」

お題スロット初めて使った!
というわけで好きな作家について。

中島らもがめっちゃ好きです。
特に「水に似た感情」がお気に入りです。

 

水に似た感情 (集英社文庫)

水に似た感情 (集英社文庫)

 

 

らもさんの小説はほとんど丸々事実だったりする「私小説」の体を取っているものが多くて、私もすごく影響されている。
私はそもそも小説を書きたいと思って文章を書き続けているんですが、書くとしたらそれはやっぱり私小説になるんだろうなと思う。
結局自分で体験したこと、それに近いことじゃないとうまく書けない。
だからいろいろなところに行ったり、実際に自分で試してみたいと思う。

 

作家単位でいうと、野中柊さんもお気に入りです。

ダリア (集英社文庫)

ダリア (集英社文庫)

 

 

中学生の時初めて読んで衝撃を受けた。
中学生が読むにはちょっと刺激的な内容かもしれない。
帰国子女の主人公が生と性のはざま、男と女の間で揺れ動く感じ。
ずっと紙の本で手元に置いておきたい一冊。

 

みんな大好き村上春樹。
私はダンス・ダンス・ダンスを何度も読み返しています。

 

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

 

 

村上春樹の小説ってなんかこう…何度も読み返したくなる。
内容は全部わかってるんだけど、文章を追っていくのが気持ちいい。

 

旅行に絶対持って行きたいのは「ハチ公の最後の恋人」

 

ハチ公の最後の恋人 (中公文庫)

ハチ公の最後の恋人 (中公文庫)

 

 

この本に思い入れがありすぎて、空港で見かけては何冊も買ってしまっている。
永遠にバイブルだし、これも紙の本でずっと持っていたい。

 

私は本を読むとき一行ずつ文章を追うのではなく、パッと目にはいる1ページ分を一気に脳内で処理している…感じ…なので文庫本で本を読む方が楽です。
1ページの範囲が狭いから読み込むのが楽というか。
多分こういう読み方をしているのは、小学校に入る前に親に読み書きを教わっていて、学校独特の「1行ずつ文字を追って朗読する」スタイルを身に付ける前に読書する習慣を得たからだと思う。
だからなのかわからないけど本を読むのは結構早い。
小説の文庫本なら、内容にもよるけど1時間位で読み終わる。
その代わり読みとばしてるところもあるので、何回も読む。
同じ本を何度も読むことは新しい発見があって楽しいです。
何度も読んだ本をあえて「1行ずつ」読んでみることもある。すごく新鮮な気持ちになる。
最近はめっきり電子書籍ばかり購入しているけど、本当にお気に入りの本は紙で持っている。
ページをめくるってそれだけで楽しいね。
おわり。

 

さよなら社交辞令

いつからだろう、社交辞令を言わなくなったのは。
思い出しながら書いてみましょう。

水商売をやっていると、たとえ相手にどんなに興味がなくとも
「また会いたいです」
「あなたに興味があります」
「あなたのことを素敵だと思っています」
って言葉に出して言わなきゃいけないし、態度に表さなきゃいけないんですよね。
なぜならそうして相手をその気にさせてお店に来させるのが仕事だからです。

自分の気持ちに嘘がつけない、ついた嘘が即顔に出るタイプの人間である私はこの嘘をついてまでする「営業行為」が非常に苦手です。
なので基本的に、本当にこの人と話してて楽しいなあ、とかいい人だなあ、と思った人にしか営業ができません。飲み屋のお姉ちゃんとしてはあまりよろしくないと思われます。
自分の好き嫌いに関わらず、どんなお客様にも同じように営業できるのが多分良いホステスだと思います。多分ね。
それでも仕事なのである程度の社交辞令は必要なわけです。
一時の夢を見ていただくために。
なので嘘をつかずに、自分が本当に思ったその人の良いところをお伝えするようにしています。
それが自分の精神衛生上、一番良いやり方です。
思ってもないことは言えないしそれを言うことは、その一瞬は良くても、積み重なっていったときにとてつもなく苦しくなるからです。

そもそも
「思ってもないことを言う」
ってめちゃめちゃストレスじゃないですか?
自分の考えている本当のことが言えない、言ってはいけない、って本当にしんどいです。
仕事上で思ってもないことを言わなきゃいけない状況が多すぎるため、私はプライベートのお付き合いではそういうことはしたくないし、そういうことをしなくてもいい素晴らしい友人たちと楽しい時間を過ごしています。
「思ってもないこと」を言わなきゃ続けられないような人間関係は、私にも相手にも、時間や気持ちの無駄だと思うから。
社交辞令で「また会おう」とか「楽しかった」と言わなきゃいけないような相手と過ごすより、自分も相手も本当に心の底から楽しいと思える相手と遊んだほうがいいと思う。

上っ面だけの人間関係に疲れ果てて、それでも承認欲求を満たさんがために「友人」たちと遊びに行き、ことあるごとにその人たちの愚痴を言っていた知人がいましたが、ただただ苦しそうだなと思って見ていました。
そうはなりたくないし、多分どう転んでもそうはならない。
自分が本当に会いたいと思った人としか会いたくないし、そう思えなかったらまた遊ぼうねなんて社交辞令でも言わない。
そうすることは冷たいんじゃなくて、相手にとっても自分にとっても限りあるリソースの有効活用なのではないかなと考えている。
どうでもいい人に時間を割いていたら、自分自身、そして本当に大切な人に使う時間がなくなってしまうと思うから。

愛してる人に愛してると言い、どうでもいい人には何も言わなくていいと思います。
自分を愛してくれる人を大切にして、そうじゃない人にはさよならする。
私は私のことを愛してくれる友人達を愛してるし大切にしているし、彼・彼女らに何度でも会うために今日を生きていくよ。
おわり。

ブログを始めて半年が経ちました

いらっしゃいませ・こんにちわ。
もう4月か〜〜時間が経つの超はえ〜。
今年の4分の1が終了したんだね。
こうやってあっという間に人生が終わるんだな…。と春が来るたびに思う私です。

はてなからのメールで知ったんですが、どうやらこのブログを開設してから半年が経ったようです。
ドメインをとったのが確か9月ごろ、よしやるかって気持ちになったのが11月。
あれから半年が経ちどんなことが変わったのか・また変わっていないのか。
ちょっと振り返ってみたいなーと思います。

まず「おっぱいが大きかったので会社員を辞めてポールダンサーになった話」
が鬼のようにバズったところからいろんなことが動き出しましたね。
こんなことになるとは思っていなかったので、あのブログを書いた直後に知り合いに「ちょっと長い文章書いたから変じゃないか読んでみて」とか呑気にエントリを送りつけたりしていました。
自分の書いた文章が、「ポールダンサーとしての自分」を誰も知らない、まっさらなところで、文章力だけでどれくらい評価されるか知りたかった。
自分の書いたものだけで勝負できるのか、確かめたかった。
そう思って始めたブログだったので、コメントをいただいたり色々なところで紹介してもらえて、本当に本当に嬉しかったです。
やっぱり私は文章を書くのが好きだし、たとえこれが飯の種にならなかったとしても、私は私の思うことを書かずにはいられない。
誰しも「自分が自分であるため」の儀式を持っていると思うのだけど、私にとっては文章を書くことと旅をすることがそれにあたります。
踊ることと歌うこともそうかな。書く・旅をする・踊る・歌うが4点セットでとっても大事。
ありがたいことに書くお仕事を色々頂いて、今後も皆さんにお見せできる場所が増えていきそうです。
でももし、私の文章が誰にも必要とされなくても、私は書き続けると思う。私自身のために。という気持ちを新たにできたので、ブログはじめてよかったな〜と思いました。

それから世界一周に行ったこと。
11月くらいはタイとスペインに行くってのは決めてたけど世界一周しようとはまだ思ってなかった気がする。
無事に戻ってきて、なんだか何もかもが夢のようで、まだ全てを書ききれていません。
それで気がついたのは、渦中にいるときはうまく書けないんだなということ。
全てがひと段落してからじゃないと起こったことをうまく書き記せない。
なのでnoteの方はこれからじっくり更新していきます。購入してくれた方、本当にありがとうございます。一生懸命書きますので気長に読んでくださいませ。

恋をしたこと。
もうひとなんか好きにならねえよ〜〜ってやさぐれていたのですが、実は、閉じきっていた心の鍵がフルオープンになる出来事が旅の途中でありました。
今もなんて言ったらいいのかわからないまま。
でもなんつーかこう、だいぶ平和な気持ちです。ドキドキもするけど、相手が元気ならいいなあ、とかまた会いたいなあ、と思う。
恋をするつもりなんてこれっぽっちもない時に限って恋はやってくる、とマッキーも言ってましたね。本当に真理だと思います。
でも、崖から突き落とされるような落ち方じゃなかった。さあ、この扉の向こうに一緒に行きましょう、って優しく諭されるような、そんな恋の始まりだった。
崖から突き落とされるタイプの恋の始まりもいいけれど、手を差し伸べられるのも悪くないものだなと思いました。おいおい語っていきたいと思います。

あんまり人前で泣いたりしないのですが、旅の最中はうっかり心がフルオープンになって号泣したり泣きながら笑ったりハグしたりされたり、子供の頃でさえこんなに人と密に触れ合わなかったのでは?と思うくらい、何にも隠さずためらわず人と触れ合ってきました。
人生捨てたもんじゃないなと思えた。

今年はざっくり計算したところ年間の4分の1はスペインにいて、それ以外もどこかをウロウロ移動する予定です。
嬉しいお知らせも近々できそうなので、どうぞお楽しみに。
今年も残り8か月、いっぱい遊ぶぞ〜〜〜〜!!
おわり。

「そんなことないよ」と言わない

今日の記事は自分への戒めも兼ねております。

 

「私なんてダメだ」
「どうせ自分は捨てられる」
「私には何もない」
「みんなに嫌われてる気がする」

等々と親しい友人・恋人に言われたらどうしますか?

 

以前の私はそれを全力で否定し、褒めそやし、心の底から彼・彼女らを励ましていました。
「そんなことないよ」と。
みんなあなたのことを慕っているし、あなたにはこんな風ないいところがある。
あなたのこういう能力が素晴らしいし、あなたのこういう行動は素敵だ。
何よりあなたがあなたであることだけで、素晴らしいことでしょ。
あなたは世界に一人しかいないんだから。それだけで尊いんだから。

 

昔々、私にも自己肯定感がどん底の時期がありました。
そして友人や恋人に、
「私には何もない」
「私は生きてる価値がない」
「みんなに嫌われてる気がする」
「私なんてダメだ」
と言い散らかしていました。
「そんなことないよ」と言ってもらいたくて。
そうするとちょっとはマシな気分になれたから。
誰かに認めてもらえたような気持ちになれたから。

「そんなことないよ」
は、一時的な効力だけ高くて継続的には効かない麻薬みたいなものです。
心の底から自己嫌悪して愚痴を吐き散らしている時に言われると、気持ちが少し落ち着く。
けれどそれも長くは続きません。また言ってほしくなる。
何度でも「そんなことないよ」って言ってもらえないと、気が済まなくなる。
「そんなことないよ」って言ってもらいたくて、人を呼んだり話を聞いてもらうようになる。


「そんなことないよ」と言われた時の、たった一瞬の安らぎのために、延々と自己嫌悪を繰り返してしまうようになったら、かなり危ない状態です。
かさぶたをはがすのが気持ちいいからワザと転んで怪我をする、とかそういう状態に似ています。
絆創膏で治る程度の怪我ならいいけど、ワザと転ぶのにも技術がいるし、毎回かすり傷で済むとは思えません。
自己嫌悪が積み重なると、自分の手当てではどうにもならない大怪我につながります。


その先に行ってしまった人は、他人からの「そんなことないよ」では、怪我を治せません。
彼・彼女らのほんの小さな擦り傷、ありとあらゆる心の怪我を治せるものがあるとしたら、それは彼ら自身が持っている治癒力に他なりません。
自分がどこにどんなケガをしているか認識し、怪我の周りが汚れていたらよく洗って怪我の状態を確認して、部屋のどこかにあるオロナインを塗って絆創膏をつける。
もしそれすらも出来ない重篤な状態であれば、速やかに専門の病院へ行く。
友人知人に「痛いの痛いの飛んでけ〜!」と言ってもらっている場合ではありません。

多分これらは心理学の領域でいう「認知の歪み」のことなのかな、と思っています。
「そんなことないよ」と言ってもらいたがる人は、自分がなぜその愚痴を言っているのか、何が気にくわないのか、自分がどんな状況にあるのか、見えていないか見ようとしていない人が多いように感じます。
そして「そんなことないよ」と、彼らにその場しのぎのおまじないをしていた私は、彼らの傷口をいたずらに広げていただけに過ぎないな、と思っています。

 

だから私はもう「そんなことないよ」と言いません。
もし親しい友人に、
「私なんてダメだ」
「どうせ自分は捨てられる」
「私には何もない」
「みんなに嫌われてる気がする」
と言われたら、まず一通り話を全部聞きます。
そして、なぜそう思うのか、今そういう気分なのか、そう思うのにはどういう理由や出来事があったのか聞くようにしています。
ひとによっては話したいだけの人もいるし、何か言ってほしい人だっている。
「そんなことないよ」は、言う方にとっても言われる方にとっても、考える機会を失ってしまうフレーズに過ぎないのではないか、と思います。


何より世界は一つではない。
街や国の話だけでなく、様々なコミュニティや人種、学校、宗教で、一つの価値観があるところでは全く別のものになってしまう。
もし心の底から「私には何もない」と思ってしまったら、そのことを思い出す。
何も持たず生まれてきて、何も持って行けず死んでいく私たちが、今持っているすべてのものは借り物に過ぎません。
私たちはもともと何も持っていないし、今も、本当は何も持っていません。
だから「私には何もない」はある意味その通りで、それを不幸に思ったり辛く感じることはありません。
私たちの肉体ですら死後の世界には持っていけない。現世で綺麗に焼かれます。
何もないことはもはや美しいし、それなのになにも持っていない私の周りには素晴らしい世界や人々があふれている。一生かけても読み尽くせない本や観尽くせない演劇、会えない人、行けない場所がある。


私には何にもないのに、私の周りには、なんでもある。マジすごい。
だから今後「私には何もない」とか「私はダメだ」って言われたら、そうなんだ!マジすごいじゃんそれ!としか言えません。
自分に何もなくても周りには素晴らしいものが溢れかえっていて、飯が食えて、天井のあるところで眠れるって、超ヤバいですよ。
「そんなことないよ」って言ったら嘘になるので言えません。
「私はダメだ」も、ダメかどうか決めるのは私ではなくその人自身なので、何も言いようがありません。
ダメだと思ってるのが嫌なら、ダメだと思うのをやめたらいいよ、と言うようにします。

お互い何も持ってないけど、超恵まれてると思うよ。
空気のある星に生まれた時点でマジ感謝でしょ。
おわり。

【画像あり】アイスランド・ペニス博物館に行った話

こんにちわ。
2017年4月、現在、うっかり出かけた世界一周の真っ最中です。
noteで売文してるので良かったら買ってね!マガジンだとお得です。
加減がわからず、ものすごい文字数になりつつあります…

 

note.mu

現在はヨーロッパの左上にあるアイスランドに来ています。
アイスランドってどんなところか知ってますか?
私は映画「LIFE!」で知りました。

movies.yahoo.co.jp

出版社に勤める凡庸な主人公が、ありとあらゆる妄想を繰り広げていたのに、今度は妄想を上回る冒険に出かけることになり…って感じの話です。
いろいろあって主人公がアイスランドの大自然を駆け巡るんですけど、そちらは是非映画をごらんください。面白いよ!

そんなわけで映画も見て、ブルーラグーンっていう女子に大人気な泥パックし放題の巨大露天風呂にも行きたいな〜って具合でアイスランドまで来たわけですよ。
その辺はもう女子力の塊なわけです。
なんせアイスランドは「火と氷の島」と呼ばれてますからね。
なんだよそれ…フレイザードかよ…ってちょっと思ったけど…。
火山あり、氷河あり、山と海と大自然いっぱいの島、それがアイスランドなんです。
ドラクエ3で言ったらガイアの剣を投げ入れるネクロゴンドみたいな雰囲気です。


それでね、ブルーラグーンに行くためのバスターミナルをグーグルマップで検索していて、宿の近くにこんなものを見つけました。

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博物館。ペニスの。
しかも徒歩2分くらいの場所。
いやでも博物館って、伊豆とか熱海の秘宝感的なノリなんじゃないの?
と思って一応ググってみたら、かなり真面目に研究し尽くされた学術的な雰囲気とのこと。

日本を遠く離れ、次にいつアイスランドに来るかもわからない。
ブルーラグーンは午後からで、午前中は何もすることがない。

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きました。


日本語だと「ペニス博物館」
だけど、英語だと
「ICELANDIC PHALLOLOGICAL MUSEUM」

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そんなわけない。

google翻訳はちゃんと仕事してほしい。

この先は、ペニスの画像があります。
主に動物のペニスですが、全体図のどこかにホモサピエンスのものがある可能性があります。
めっちゃ拡大しないと出ないと思うけど、ホルマリン漬けな上近くで見てもそれとわからない感じです。あらかじめわかってれば分かるけど。
気になる方のみどうぞ。

 

入り口には小さなカウンターがあり、そこで入場料を払います。
ググった情報によると、現金のみで受付とありましたが、2017年4月現在、入場料もお土産もカードで支払うことができます。
入場料は1人1500ISK、約1500円でした。

中に入ると早速めっちゃスゴイのがお目見えします…。

 

続きを読む

吉祥寺駅南口のキャバクラの店長に救われた話

高校を出てロンドンに留学し、ロンドンが寒すぎて日本に帰国した。
20歳の冬だった。
成人式の会場で人生二度目のインフルエンザに感染し、熱に浮かされながらも私はいかにして実家を離れるか、そればかり考えていた。

手持ちの金額は、日本円で5万円ほど。
イギリスの銀行口座にいくらかお金は残っていたけど、日本の口座に送金したりするのには手間も時間もかかる。しばらくは今持っている分でなんとかするしかない。
荷物は少しの着替えと、化粧品、それからPC。
小さなキャリーケース一つに収まった。
地元から東京へ向かう一番安い高速バスへ乗り込む。バス停まで送ってくれた母に「それであんた、いつ帰ってくるの」と言われ、適当にはぐらかした。

東京に着き、しばらくは友人宅に居候させてもらった。
行くアテも、やることも何もなかった。
ただ、上京したら水商売だ、と決めていた。
それが一番手っ取り早く現金収入を得られる手段だと知っていたからだ。
ロンドン滞在時には、現地の駐在員向けのホステスバーでウエイトレスとして働いていた。接客はないが、お客さんに気に入られればちょっとした会話もする。
雰囲気も分かるし、やることも大体は把握している。

事前に「夜のお仕事」専門の求人サイトで、幾つかお店を見繕った。
時給は高いほうがいいけれど、あまりに高級すぎるとついていけないかもしれない。
初心者OK、お酒は無理に飲まなくても大丈夫…そんなところを探していたら、吉祥寺に良さそうなお店を見つけ、電話をし、面接してもらうことになった。
待ち合わせ場所へ向かって飲み屋が立ち並ぶ通りを歩いていると、黒服と思しき人に声をかけられた。
「お店探してないですか?うち今募集してるよ。」
都会で人に声をかけられるのに慣れていなくて、私は正直に、これから別の店に面接に向かうところだと伝えた。
するとその人はその店の場所を教えてくれ、もしよかったらと名刺を手渡してきた。
うちもキャバクラだから、気が向いたら連絡してね、と。


お礼を言い、約束していた店へ向かうと、かなり古いビルの一室にその店はあった。
お店は広く綺麗だったけれど、店長だという人物はお世辞にも感じがいいとは思えなかった。
ちょっとしたことで物や他のスタッフに当り散らし、横柄に給与システムの説明をした。
わずか10分ほど相対しただけでうんざりしてしまい、とりあえず説明を聞いてその場を去ることにした。
はあ、ハズレだったな。求人広告は良さそうな感じだったのに…。
そう思い、トボトボと道を歩きながら、ふとさっき名刺を渡してくれた人のことを思い出した。
ああ、さっきの人は親切だったし、横柄な態度でもなかった。
できるだけ早く仕事をしたいし、連絡したら面接してもらえるだろうか。


名刺に書かれた番号に電話して事情を説明すると、彼は3分ほどで迎えに来てくれた。
案内されたお店は、先ほどのお店の半分ほどの広さだった。
それほど綺麗でもなく、新しくもないが、上品に整えられたお店だった。
椅子に座ることを促され、お茶を出されて、ちょっとした世間話をした。
どうして働こうと思ったの、と聞かれて、面接の一環だと思った私は、今までの経緯から家庭の事情まで全てを打ち明けた。
とりあえず友人のうちにいて、お金もわずかしかないから早く働ければありがたい、と。
そうか、そうか、と一通り話を聞いてくれて、少し考えてから、じゃあ、よかったら今日体験入店をしないか?と言われた。
体験入店とは、1日から数日、試しに働いてみてから本入店するかを女の子と店が双方考える「試用期間」のようなシステム。
通常、お給料は月払いだったり週払いだったり、まとめて支払われるけど、体験入店の際はその日のお給料をそのまま現金でもらえる。
女の子側としては、店と合う合わないを確かめるチャンスで、かつきっちりその日に決まったお金がもらえるというメリットがある。
店側としても女の子の接客態度や、店のカラーにそぐうかどうかを見極めることができる。
願っても無いチャンス、ぜひお願いします、と伝えてその日1日体験入店をすることになった。

化粧を直し、ドレスと靴を借りて、髪をセットしてもらう。
営業前に簡単な「夜のお店のマナー」を教えてもらった。
例えば灰皿を交換するタイミングや、ドリンクの作り方、何かを注文する際の合図のやり方。
大体のことは前のお店と一緒だったし、ドリンクをつくったり灰皿を交換することも慣れている。
20時になり営業が始まって、あっという間にお客さんが入り始めた。
平日でも結構な客入りなんだな、と驚き、あっという間に時間は過ぎていった。
慣れないながらも、その店のお客さんはかなり質が良く、とても優しかったので、何の問題もなく数時間を過ごすことができた。


営業が終わり、スタッフルームへ呼ばれ、その日のお給料をもらった。
どうだった?と聞かれ、楽しかったです、と答えるとそうか、と彼は言った。
この後どうするの?友達の家にもずっとはいられないだろう。
俺は女のところで過ごすから、俺の部屋にしばらく泊まるか?
と、言われ、びっくりしてしまい、いや、それは申し訳ないので、と丁重にお断りした。
君はまだ若いし、一生懸命だから、本気で稼ごうと思えばきっといい線いけるよ。
でも、本当は真っ当なこともできるんだから、考えなさいね、というようなことを言われ、まるで親族のようなことを言うなあ、と思った。
店から出て帰る間際、もうこんなところ来るんじゃないよ、と声をかけて、彼は店の中に戻っていった。

結局その店で働くことはなかったけれど、その後も何度か彼から電話がかかってきた。
ちゃんと飯を食ってるのか、とか、住む場所は見つかったのか、とか。
一度も、うちの店で働かないか、というようなことは言われなかった。
ただ無事に過ごしているかを確認するような連絡が時折来て、それはいつしか途切れたけれど、親にすら、自分が上京し暮らしていこうと思っていることを伝えていなかった身には、なんだか沁みるものがあった。
赤の他人のはずなのに、こんなに心配してくれる人がいるんだな。
世の中捨てたもんじゃないな。
「もうこんなところ来るんじゃないよ」という言葉に反し、私は水商売を続けているし、おかげさまで住むところもあり、ちゃんと飯も食っている。
若い女が、お金もない、住む場所もない、なんのアテもないままに上京してきたことで、もしかしたら騙されてしまうかもしれない、と心配してくれたのかな。と今は思う。
ただ、彼のかけてくれた言葉を時々思い出しながら、私は私が思う「真っ当なこと」をやれているかな、と確認しながら生きている。
おかげさまで、まだ生きてます。あの時、声をかけてくれてありがとう。
心配してくれて、ありがとう。
あの店まだあるのかな?いつか飲みに行きたいな。
おわり。