都内から電車に揺られ、鬼怒川の宿につき渡された鍵を元に辿り着いた部屋は、地下だった。
地下?
え?地下じゃないこれ?
地下?と疑問符がついたのは、部屋に入って目に入った「あまりにも上の方にある窓」のせいだ。
普通のお部屋であれば窓は目線の高さ、その範疇にあるはずである。
しかしその窓は、手を伸ばしても届かないほどの高さにあり、外の景色は地面だった。つまりこの部屋は、完全な地下ではないが半地下というやつである。
そのことに気がつくまでにドアを開けてから30秒、こんな部屋は嫌だという気持ちになるまでそこからさらに30秒。ロビーに戻り、部屋を変えてほしいというもののあの部屋しか空いていない、嫌なら帰っていいと言われるまでに約2分。
たった3分で「この仕事は控えめにいってクソだな」という判断を下した私は、呆然と部屋に戻りベッドに腰掛けた。半地下であることは何ら変わりなく、電気をつけてもなお薄暗い気がする。
しかもこの部屋は、出る部屋だった。
もちろん、信じない人は信じなくていい。
私自身も霊感というものがはっきりあるわけではないし、姿を見たことがこの時点までなかった。
心霊スポットと言われるような場所や、なんだか薄暗い雰囲気の場所でも「気味が悪いな」と思うことはあってもはっきりと何かを感じることはなかったのである。
この部屋は確実に、いた。
とにかく、夜は電気を消して眠ることができなかった。またテレビもつけっぱなしにして、音量を1にして、どうにか眠りにつくことができるか否か。
幸運なことにこの仕事にはもう一人、占い師が派遣されており、何とその先生は隣の部屋に宿泊していた。
初日に占いブースに座り、仕事を始めるより何より先に私はお隣の先生に「あの部屋で眠れてますか?」と思わず話しかけてしまった。
するとその先生は「自分で祭壇作って、お祓いしてるわよ」とにこやかに答えた。
「お祓いしたわよ」ではなく、「お祓いしてるわよ」であることに心底寒気を覚えたが、もう兎にも角にもこの人にすがる他ない。
絶対いるんです、本当に無理なんです、お金払うんでこっちの部屋もお願いします…と地べたを穿つくらいの気持ちで頭を下げ自分の部屋もお祓いしてもらい、毎日自分でもできる清め方も教わって、なお安心して眠りにつくことはできなかった。
なので大体朝日が昇ってから眠り、昼過ぎに目覚め、お風呂に入り、夕方〜夜にかけて占いをする。食事をして、テレビをつけっぱなしにして怯えながらベッドに入って眠れない夜を過ごす。
こんな日を1週間続けた。
幸いなことに実入はまあまあ良く、温泉に毎日入っているおかげで肌はピカピカになり、夜まともに眠れていないこと以外は割と良いバイトではあった。
確実に「出る」部屋であることは最悪だが、騒がしい都内を離れ温泉に入り放題、まあまあの収入であることに味を占めた私は、さほど間を開けずに2回目の鬼怒川へ行くことにした。
師匠に色々と対策を教わり、専用の品物も持ち込んだおかげで前回よりは心理的負担が減ったため、昼も起きていられるようになった私は少し足を伸ばして日光東照宮へ遊びに行くことにした。
つづく。