今夜、どこで寝る

旅と踊りと酒

自分軸で生きる

大人になってお金を稼ぐようになって何より良かったのは
「自分自身の生殺与奪権を自分で持てる」
ことでした。

 

家賃も自分で払うしご飯も自分で作るし、自分で仕事して自分で生きる。
実家にいたら人の顔色伺いながらご飯食べるから味も分からないし、嫌なことがあっても逃げ出せなかった。
逃げ出せたとしても一時的なもので、結局はまたそこに帰らなきゃいけない。
真冬のベランダにほうり出されたり包丁突きつけられたりコンクリの地面に背負い投げでぶん投げられたり、どんだけ命の危険を感じても私の戻る場所はそこにしかなかった。
いっそ死にたかった。殺してくれた方がラクだと思ってた。
お化けと友達になりたくて夜中窓の外に向かって祈り続けたこともあった。そうしたらあの世に連れて行ってくれるのではないかと思っていた。
小2の時にそういったハードな日々で頭がおかしくなって、図工で使う絵の具を全部筆洗いの中に絞り出し水で溶かして、マンションの窓から下に流し捨てたことがある。
私の部屋の窓は鉄の柵がはめられていて飛び降りることさえできなかった。流し捨てた水は私そのものだったのかもしれない。汚い絵の具混ざり水はマンションの白い壁を汚し、多分こっぴどく叱られたり殴られたりしたと思うがあまり記憶がない。


そんな日々なのでストレスからか自覚のない奇行が多かったらしく、クラスの男の子にめっちゃいじめられた。傘で殴られてるのを同級生が目撃し、先生にチクってくれて、翌日その男の子のお母さんがうちまで謝りに来た。
扉を開けると、そのお母さんが菓子折りを持って申し訳なさそうに佇んでいる。
本当にうちの子がすみません、怪我はないですかとかなんとか聞かれた気がする。
扉を開けている私の背後、数メートル先には義父がゴロゴロしながらテレビを見ており、こちらの様子を伺っていた。私は一旦扉を閉め、義父にどうすればいいか尋ねると何も受け取るな、早く帰ってもらえと言うだけだった。
もう一度扉を開け、怪我はないです、別に大丈夫なんでもうお帰りいただいていいですよ、というとせめてこれだけでもとお母さんがグイグイ菓子折りを渡してこようとする。
しかし、何も受け取るなと言われた以上受け取るわけにはいかない。それを受け取ってしまったら私がこの後義父に何をされるかわからないからだ。
けれどお母さんの押しは凄まじく、私はそれを受け取らざるをえなかった。
後は地獄だ。扉を閉め、仕方なし受け取ってしまった菓子折りをどうしようかと悩んでいる間に義父が背後に立っておりめちゃくちゃに殴られた。
今でもこの件は何で殴られたのかさっぱりわからない。たかがお菓子よ?と思うのだけれど、義父の中には彼にしかないルールが存在しているのか、よく理由の分からないことで激怒され叱責されとりあえず殴るか背負い投げされるかした。暴力はあれど性的虐待がなかっただけ儲けものだと思うしかない。
殴られた記憶と殺されそうになった記憶を書き連ねるだけで一冊の本ができてしまいそうなのでこの辺にしておきたいけど、つまるところ分かりやすく虐待されており、命の危険と理不尽な暴力にさらされていた。

 

そんな幼少期を送っていると大人になってからの何もかもが煌めく。
自分の金で好きなものを買ったり食べたり、誰にも殴られることなく、怯えなくていい日々。
嫌なことがあっても、あれに比べたら屁でもねえ、明日も元気に生きるぞと思える。
私の傷は今もまだ癒えてないのかもしれない、しかし義父も歳をとりずいぶん弱くなった。もう彼を憎みたくない。昔は苦しんで死ねと思っていたけれど、どうか穏やかな老後を送ってほしい。
これは今の私の本心だ。昔とは違う。

 

生死を根幹に人の言動に振り回され、自分なんて存在しないような人生を19まで送ってきたので、それ以降に関しては何一つ妥協をしたくないし、他者からの言葉に動かされたくないと思っている。
今、私は屋根のあるところに暮らし、毎日美味しいご飯を食べている。仕事もある。踊ることもできる。歌だって歌える。旅行もできる。
他人の言葉に傷つくこともある。でも殴られない。殴ることもない。暴力のない素敵な世界。
死ぬほど振り回されて、顔色を伺い続けて、もう嫌だ、もううんざりだと心の底から思ったから、「他人なんてどうでもいい」と思えるようになった今がある。
嫌われてもいい。愛されなくてもいい。ただ生きたい。志半ばで死にたくない。
たとえ全世界の人間に嫌われても私はしぶとく生き延びるつもりだし、泥水すすり草を食んでも絶対に野たれ死ぬことはないと心に決めている。
それは単なる概念ではなくて私自身が決めた誓いだ。
嫌われてもいい、愛されなくてもいい、でも私は好きになってしまうし愛してしまう。だから生きて人を好きになってそのあったかい気持ちだけ持って日々を過ごしていたい。
憎しみに飲み込まれて生きるのは何より辛いことだから。
他人なんてどうでもいいし、だから好き。
自分じゃないのに、自分を大切にしてくれるから。
おわり。