今夜、どこで寝る

旅と踊りと酒

おっぱいが大きかったので会社員を辞めてポールダンサーになった話

もう時効だと思うし、この話をこれ以上胸に秘めておきたくないので書いておく。
おっぱいが大きくて悩んでる皆様、そして会社員を辞めて好きなことをしたい皆様に贈ります。

 

2011年の7月、私は渋谷のITベンチャー企業をやめてポールダンサーになった。
辞めたいことを伝えた6月上旬、上司との面接で「どうして辞めたいの?」と聞かれて、「ポールダンスに専念したいので辞めます!」と言った。上司は困り顔と笑い顔の中間みたいな顔をしてた。そりゃそうだ、入社からまだ半年しか経ってない。
確かに、私はそれまで趣味で1年半ほどやっていたポールダンスをもっと頑張りたい!と思っていた。折しも311、東日本大震災の直後。自分が受け持っていたウェブマガジンやSNSの運用と言った仕事は、地震の直後にあっという間に中止や延期になり、会社の中での自分の存在意義を危うく思った。命の儚さ、人生の短さを感じ、人間はいつ死ぬかわからない、だったら好きなことをやらなければ…と強く思っていた。
でも、会社を辞めたいと思った理由は、本当はそれではない。
本当は同期の女の子にブログで「おっぱいちゃん」と呼ばれていたからです。

 

話は311の直後にさかのぼる。
地震が起きたことで電話の回線が繋がりづらくなり、3/11以降も余震が続いていた当時、
「電話はつながらなかったけどtwitterで連絡が取れた」
「skypeだったら通じた」
と言ったSNSやウェブを介してのコミュニケーションが、地震直後は有効だという流れがあり、
「何かあった時のために社内でtwitterのアカウントをフォローし合おう!」
ということに決まった。
twitterを活用しまくっていたので、プライベートに踏み込まれてくるみたいでめちゃくちゃ嫌だった私は、会社用のアカウントを作り社内の人と仕方なしつながった。
それで件の同期の女の子のtwitterもフォローすることになった。
彼女は特にアカウント分けもしていないようで、本名をもじったHNで日常のことや会社のことなど屈託なくつぶやいていた。
会社用のアカウントなんて見ていても何も楽しくないのでしばらく放置していたんだけど、ある時ふと覗くと、その同期女子がブログを更新したよ!とつぶやいていたので、何も考えずに見てみた。
今やっている仕事の話、観劇した日の日記など取り立てて面白い内容でもなかったが、へーこんなことやってるんだなあと読んでいくうちに、私は見つけてしまったのです。おっぱいちゃんを。おっぱいちゃんと呼ばれている私を。
それは内容としては他愛ないもので「今日同期の女の子(おっぱい)が仕事を手伝ってくれた」とか「おっぱいちゃんと一緒に取材に行った」とか、そんなんだったと思います。内容自体には、全く悪意とかなかった。本当に、普通の日記だった。
ただ一点、私がおっぱいちゃんになっていることを除けば。

 

本当にショックだった。
何がショックだったって、
「女の人からもおっぱい見られてるんだ…!!」
と、
「アダ名にするほどおっぱいが特徴なんだ…」
ということだった。


私のおっぱいは高校生頃から成長を始め、ぐんぐん健やかに大きくなり、お付き合いした人から「おっぱい大きいね」と言われるのとは別に、全く関わりのない人から注目を浴びることがあるのはわかっていた。自分のおっぱいが特別大きいと思っていなかったのに、ある時から「私、おっぱい大きいんだ…」と意識するようになり、そこに向けられる視線にも気づいていた。メンドクセーなと思いながら無視するようにしたし、あまりに執拗な場合はささやかな抵抗もした。ジロジロいやらしい目で見られるのは単純に不愉快だからである。それは体のどこの部位でも同じだろう。
それは男の人からの視線であり、女の人から見られることなんてないだろう、と思ってた、この時までは。
それが「おっぱいちゃん」ですよ。おっぱいちゃん。


私この時、昼は会社、夜はポールダンスのできるガールズバーでバイトしてたんですよ。会社の給料がまだ低かったのでお小遣い稼ぎが必要で。
夜のお店だから「セクハラ」って概念がないわけです。「かわいいね!」と「おっぱい大きいね!」が同じくらいの重さで浴びせられるわけです。おはよう!こんばんわ!と同列の「君何カップ?」なんです。いやいいんですよ。高い時給もらってたんで、そうやって言われるの仕事のうちだと思ってました。笑顔で答えてたし、あんまり気にしなかった。「それが仕事」だから。
ポールダンサーって、なんでかそんなにおっぱい大きい子いないんですよね。運動やってくうちに小さくなるのか、もともとないのか、どっちかはわからないけど。そんなわけで「あのおっぱい大きい子!」ってイベントで重宝されたりしました。ダンサーって見た目が大事だからね。同じ顔面レベルで胸が大きい子か小さい子だったら大きい方が見栄えするか、っていう主催者側の価値観で。
そんなわけで「自分のおっぱいはどうやら仕事になる」ってのがなんとなくわかってきていた時だった。でもそれはグラビアとか風俗とか直接的なものではなく、付加価値的に使っていく方が効率良さそうだとも思った。ポールダンスという芸があっておっぱいもある、とか、話が上手でおっぱいが大きい、みたいな。なんとなく、そういう自分の中の価値観を築いてきた矢先だった。

 

私への、同期女子からの評価は「おっぱい」なんだと。
カタギの、昼間の仕事の、真面目な職場ですら、彼女から見た私は「おっぱい」なんだ。
たかが半年しか一緒に働いていないとはいえ、もっと他にもあるんじゃないの?ないの?おっぱいなの?おっぱいちゃんなの私?他につけるアダ名なかったの?
え、ってことは、目の前のデスクに座っている男性社員や上司(男)から見ても、私っておっぱいちゃんなの?
夜の仕事みたいにおっぱいのこと笑って言われて笑って流さなきゃいけないの?
それとも陰でもう言われてるの?
この給料で????????????????
と思ったら、辞めますと伝えるまでそんなに時間はかからなかった。

 

私は自分のおっぱいが好きだ。愛着がある。でもそれは大きいからじゃない。かけがえのない自分の大切な体の一部だからだ。
毎日人に指をさされたり、やたらとサイズを確認されたり、おっぱいが大きいことにうんざりすることもある。でも基本的に、私のおっぱいは愛されていると思う。その価値がある。
もっと根本的な話をすると、世の中全てのおっぱいでありまんこでちんこでありカラだそのものでありその人自身は、一つしかない、一人しかいない、奇跡的な存在なんだから、自分で愛して自分で大事にして然るべきものだと思ってる。みんなすごいんだ。みんないいものなんだ。最高でしかないんだよ。

 

そんな最高な自分のおっぱいが粗末に扱われるのも嫌だし、給料も低いし、電車は嫌いだし朝も起きたくなくて、そもそも会社勤めに向いてないと思って、私は会社を辞めて、ポールダンサーになった。
ポールダンサーになった私のおっぱいにおっちゃんもお兄ちゃんもおばちゃんもお姉ちゃんも嬉しそうにチップを挟む。時に拝まれる。こんなおっぱいになりたいと綺麗なお姉さんに言われる。みんなニコニコしてる。私が踊ると喜んでくれる。
給料もいいし、チップももらえるし、みんな楽しそうだし、自分も楽しいし、ポールダンサーになってよかったな〜。
とりあえず踊り続けられるまでは、踊りまくるか。酒場の片隅で、おっちゃんが喜んでくれるようなのを、毎晩毎晩、踊れたらいいな。

こんな経緯で、今、私は踊って飯を食ってます。
おわり。

 

 

追伸

おっぱいが大きくて悩んでる人よ、私もまだ悩んでます。
ポールするときおっぱいが邪魔で、いっそ手術でとろうかと思ったこともある。
まあ、でも邪魔なんて言ったら可哀相だよな、だっておっぱいは私の一部なんだもん。誰かのモノじゃないんだもん。誰かを楽しませるためにあるんじゃない。私の一部なんだもん。ジロジロ見られるのは嫌だけど、今日もこのおっぱいと一緒に生きていくのです。一緒に楽しく生きていこう。

 

会社員を辞めて好きなことをしたい皆様
2011年1月、私はこれでようやっと夜の仕事から抜け出してまっとうな仕事ができる!これからは真面目に生きるぞ!昼職バンザイ!!!!!と思ってました。
半年後、私は仕事を辞めてました。他人には理解できないような理由で。
でもそれは他の人の価値観です、私の価値観じゃない。
他人の物差しで生きているとクソ疲れます。病気になります。下手したら死にます。
もしあなたが今本当はやりたいことがあってそのために会社を辞めたいのに辞められない理由が「他人には理解できない理由」なのだとしたら、他人なんかいないと思ってさっくり辞めて好きなことをしてほしい。
人生はやっぱり思ったより短いんじゃないかと思いますよ。Wish you luck!